回想

もう40年前になる、社会に出たての営業マンだった頃。

月1で回る担当地区に、建物から開け放つ窓から不思議な動きをする人達が見えた。

中国武術(太極拳・形意拳・八卦掌)を練功しているらしく、70代位の老師(先生)に手招きされた。

「武術を少し齧っている」と言うと、老師は嬉しそうに、少し癖のある日本語で「相手してやる」と言う。

身の程知らずの若い私は、彼らの套路(型)の動きが緩慢に見えたので、パワーとスピードで「驚かしてやろう」と考えた。

突きと蹴りの猛攻で圧倒し、拳を寸止めで目の前に突きつけてやる。


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彼らの好奇な目に晒されながら、老師と相対した。

小柄で細く見えていた老師の背中は、思ったより厚みがあるのが意外だった。

当時の私は、胸の前に拳を構えるファイティングポーズ。

老師は膝を曲げ腰を落とすと、私は間合いを詰めて中段回し蹴りを放つ。

もちろん寸止めだ。流石に道場生全員を敵に回したくない。

「これだけで充分だ。決まった!」と思った。

だが、老師の腕が私の蹴り足に触れた瞬間、攻撃は受け流され体のバランスが崩れ始めた。

慌てて突きを繰り出したが、不安定な突きも受け流されて老師に背後を取られる形となった。


次に仕切り直し、安易に蹴りは不利だと思い、突きの連打を試みた。

老師は器用に私の拳を歩き回りながら叩いていたが、いつの間にか老師の手から私の拳が離れなくなり再び崩された。

倒れるのを覚悟で蹴りを出すと、老師の手は離れ、私の足は空を蹴り床に転倒した。


老師は笑顔で「大丈夫か」とカタコトの日本語で言い、それからは営業で回るついでに遊びに伺う事になる。

命に関わるので手加減はしてくれたが、私は何故かよく技を試す相手をさせられた。

お弟子さん達は、面白くなさそうな顔をしていたが、貴重な体験をさせて頂き感謝している。

当時は、攻撃に使えそうな発勁などに関心があり、化勁や粘という技術には興味が無かった。

だが、護身術を教え始めてからは興味が湧き、改めて合気を学ぶ機会を戴き、その意義を理解できたのが感慨深い。


2026.8.4 蝉の声